目次
母75歳の年
症状
- 呼びかけても笑顔でなくなる。
- この頃からゲップがでて水分が上がってうがいみたいにする。(逆流性食道炎の薬タケプロンを服用開始)
※数か月続いた後におさまりました。 - 便秘気味。カマグの量を増やし改善。
- 便失禁回数が増加。
- 「あー」と大声を出すこと多くなるが、それ以外は静か。
- 午前中居眠りをすること多くなる。
※デイケアの日以外は朝のグラマリール(興奮や攻撃性を抑える)の服用を中止。 - 背中に皮膚炎が発症。皮膚科を受診。
- 仙骨部に小さな床ずれのような皮むけ。塗り薬ですぐよくなる。
詳細状況
排便のコントロールは便秘や便失禁がありましたが、下剤ラキソベロンの使用をやめ、医師に相談の上、カマグの量を増やしたことで便通は改善しました。下剤は本人にとっても介護者にとっても大変なので、出来るだけカマグで調整するのがいいと個人的には思います。
この年の7月に今度はデイケアで右鎖骨を骨折する事故が起きました。トイレに母を一人で座らせたままその場を離れ、戻った時には母はバランスを崩しトイレにあった手すりに肩を預けるような体勢で見つかりました。整形外科で受診したところ、鎖骨骨折が判明しました。ギプスはせず湿布でしたが、骨折箇所がずれないよう、しかも母の介護で痛くないように立ち上がりや、歩行の介助をするのはかなりの神経を使い大変でした。
振り返って思う事
昨年に引き続き事故が起きたことで、私はかなり神経質になり、不安で怖くて仕方ありませんでした。病院で骨折が判明する前、父は骨折などしていないと言っていましたが、母の痛がる様子や内出血の様子を見て私はそうは思っていませんでした。そして私は父のいい加減さに苛立ち、母のことを父に任せることは出来ない、母の変化には私が気付くしかないと思いました。そのかたくなさは自分で自分を更に精神的に追い込む結果となりました。
この頃から私の母への異常なまでの不安や心配が始まったように思います。
- 私は母のことで施設から何か連絡があるかもしれないと、外出が出来なくなる
- 母が家に居る時も、私が外出している間に母に何かあったらと不安で長く外出しなくなる。
- 更にひどくなり、母の側から離れて台所に立つことさえ出来なくなる。
父は賢明な人で起きてないことを心配しても仕方ないといった感じでした。私にとっては細心の注意をし何も起きないようにすることが大事で、母を守れるのは私だけだという思いでいました。父にはよく心配のし過ぎだと言われていました。無理もありません。今の私ならこの頃の自分を心配のし過ぎと、父のように言っていたと思います。
ただ介護をする上で、身近な家族と分かり合えないことは、介護をさらに大変なものにします。不安は否定せず、理解できなくても聞いてほしいと思います。
そしてそれが明らかに常識的な範疇を超え、日常生活に支障をが出るようであれば、それはもう薬などの服用が必要と思われます。
私はこれから5年後に医師の勧めで抗不安剤を服用することになります。
あと、この年に家の中を隅から隅まで思い切って片付けました。この時片づけたことは本当に良かったです。散らかっていると転倒のリスクがありますし、心理的に人の訪問を避けるようになり、孤立してしまいます。
気力がまだあるうちに、片づけをしておくといいと思います。